【矢掛で生まれるものづくり】
石の街から生まれた、一枚のチョコレート。石挽カカオ issai
宿場町の面影が残る矢掛の町なか。
やかげ郷土美術館の斜向かいに、扉を開けるとカカオの香りに包まれるお店があります。

石挽カカオ issai(イッサイ)。
ここでは、チョコレートの原料となるカカオ豆を、昔ながらの「石臼」で挽いています。
石とチョコレート。
一見するとまったく結びつかない二つですが、その背景をたどっていくと、矢掛という土地だからこそ生まれた物語がありました。
矢掛は、知られざる「石の街」
あまり知られていませんが、矢掛は古くから良質な花崗岩を産する土地です。
issaiを営むイシヤマユウエン合同会社のルーツも、この地で長年、採石や石材加工に携わってきた石屋にあります。
石を知り、石と向き合い続けてきたからこそ、その技術をこれまでとは違う形で活かすことはできないか。
そんな可能性を広げるきっかけとなったのが、一台の「石臼」でした。
石を扱う会社が、なぜチョコレートをつくることになったのか。
その物語は、ここから始まります。
カカオを挽くための石臼「ショコラミル」

きっかけは、チョコレートの研究者である広島大学の名誉教授から寄せられた、一つの相談でした。
「カカオ豆を挽いて、チョコレートにできる石臼をつくれないか」。
かつて各地で使われていた石臼は、生産性などの理由から次第に使われる機会が少なくなっていました。
しかし、カカオを石臼で挽くとなると、従来の石臼をそのまま使えばよいわけではありません。
固形のカカオをなめらかな状態になるまで挽くためには、臼の目の切り方や構造、そして挽く際の温度など、さまざまな工夫が必要でした。
石を知り尽くした職人の技術を活かし、試行錯誤を重ねること約一年。
2017年2月14日、バレンタインの日。
カカオ豆を挽くための石臼**「ショコラミル」**が誕生しました。
長年培ってきた石材加工の技術が、まったく新しい世界へとつながった瞬間でした。
石臼だから引き出せる、カカオの個性

石臼でゆっくりと挽かれたカカオ。
そこから広がる香りは、とても豊かです。
カカオ豆は産地や品種によって、香りや酸味、苦味など、それぞれ異なる個性を持っています。
issaiでは、カカオ豆から一枚のチョコレートになるまでを手掛ける「Bean to Bar」の考え方を大切にしながら、素材そのものが持つ魅力を引き出しています。
石を削り、その石が持つ表情を見極めてきた石屋の技術。
そして、カカオという自然の素材が持つ個性。
扱うものは違っても、素材そのものと向き合い、その良さを引き出すという点では、石材のものづくりとチョコレートづくりには、どこか共通するものがあるのかもしれません。
「石×カカオ×人」
issaiが大切にしているのは、おいしいチョコレートをつくることだけではありません。
今回の取材で印象に残ったのが、お客様との対話や距離を大切にしているというお話でした。
どれだけ良いものをつくっても、ただ店頭に並べているだけでは、その背景にある想いや魅力まではなかなか伝わりません。
「どんなカカオなのか」
「なぜ石臼で挽くのか」
「どんな人たちが、どんな想いでつくっているのか」。
お客様と直接言葉を交わしながら、商品だけでは伝えきれない物語まで知ってもらう。
その積み重ねによって、商品を好きになってもらい、お店を好きになってもらう。
そして、また訪れたいと思ってもらえる関係をつくっていく。
issaiにとって、お客様は単に商品を「買う人」ではなく、ものづくりの魅力を共有していく大切な存在なのだと感じました。
石と、カカオと、人。
この三つが出会い、つながっていくこともまた、issaiのものづくりなのかもしれません。
宿場町で、人と出会うお店
2019年、矢掛産の花崗岩を内装に取り入れた店舗として、issaiは矢掛の町なかに誕生しました。
店内には、カカオの個性を楽しめるチョコレートをはじめ、カカオニブを使ったお菓子やドリンクなど、さまざまな商品が並びます。
しかし、この場所の魅力は商品だけではありません。
お店の人と話をしながらチョコレートを選び、その背景にあるカカオや石臼の話を聞く。
そんな時間そのものが、issaiを楽しむ一つの方法です。
宿場町を歩く途中にふらりと立ち寄り、一枚のチョコレートから思いがけず「石の街・矢掛」の物語に出会う。
そんな体験ができる場所でもあります。
「issai」という名前に込められたもの

「issai」という名前にも、石屋としてのルーツが込められています。
石材の世界には、一辺が一尺(約303mm)の立方体を基準とする**「一才(いっさい)」**という体積の単位があります。
そして今回の取材では、もう一つ印象的な言葉を伺いました。
「イッサイ」は、漢字で「一切」と書く。
「一切」という言葉には、“すべて”という意味があります。
石から始まり、カカオへ。
そこに人が集まり、新しいつながりが生まれていく。
一つの分野だけにとらわれず、石屋として培ってきた技術や経験を活かしながら、新しい可能性へ挑戦していく。
「issai」という名前には、そんな広がりも感じられます。
会社名の**「イシヤマユウエン」**にも、石との深いつながりがあります。
石材の職人たちが採石場を「イシヤマ」と呼ぶことから生まれた名前。
そこから人との縁が生まれ、さまざまなものづくりや楽しさへとつながっていく。
名前の中にも、この場所が大切にしている想いが静かに息づいています。
石屋から始まった、まだ途中の物語

石を切り出し、加工してきた技術から、一台の石臼が生まれる。
その石臼がカカオを挽き、一枚のチョコレートになる。
そして、そのチョコレートをきっかけに人と人との会話が生まれる。
井上石材からissaiへと続く歩みをたどってみると、まったく違うように見えた「石」と「チョコレート」が一本の線でつながっていることが分かります。
昔からある技術をただ守るのではなく、その技術を使って新しい価値を生み出していく。
そして、生まれたものを人との対話を通じて伝えていく。
それが、issaiのものづくりなのだと思います。

※写真は新商品の「ザ・クリームソーダ ミニミニ」
写真は2026年7月現在 クリームソーダイベント時
近くを通ったらぜひお立ち寄りください。
編集後記

今回の取材で特に印象に残ったのは、チョコレートそのものだけでなく、「人との距離」をとても大切にしていることでした。
良いものをつくれば、それだけで自然に伝わるわけではない。
つくった人がその想いを伝え、手に取った人と会話をし、少しずつ知ってもらう。
そこから「また来たい」「このお店が好き」という関係が生まれていく。
矢掛の石から生まれた石臼。
その石臼から生まれる、一枚のチョコレート。
そして、その一枚から始まる、人とのつながり。
「石×カカオ×人」。
issaiという小さなお店には、矢掛で受け継がれてきた石の技術と、そこから生まれた新しいものづくりの形がありました。
宿場町を歩いたときには、ぜひ扉を開けてみてください。
チョコレートを味わうだけではなく、その向こうにある「石」と「人」の物語にも出会えるかもしれません。
文:HIROKAZU(矢掛journal)
写真:KIYOE(矢掛journal)
矢掛 journal